タイと日本を行き来しながら、自分らしい日常を生きるゲイ、トンさんの話「日本はもう、
憧れの国では
なくなった」。
仕事をして、恋人と話して、好きなものを食べる。国境を越えて続いていく、ひとりのゲイの当たり前で、かけがえのない毎日。
国境を越えて、
自分の毎日を生きる。
日本で働き、タイに帰れば恋人と愛犬が待っている。毎晩8時には恋人とFaceTimeで話し、休日には神社を巡って御朱印を集める。自宅ではタイ料理を作り、お気に入りの家具やぬいぐるみに囲まれて過ごす。
タイ南部のハジャイ出身、41歳のトンさん。2009年に留学生として日本へ渡り、就職、帰国、再来日を経て、日本での生活は通算10年以上になる。現在は東京でフルリモートの仕事をしながら、タイに暮らす恋人との遠距離恋愛を続けている。
子どもの頃から憧れていた日本は、長い年月を経て、特別な場所から日常を営む場所へと変わった。
もちろん、楽しいことばかりではない。外国人として感じる壁もあれば、日本のゲイコミュニティに馴染めないと感じることもある。それでもトンさんは、日本の便利さや文化を楽しみ、自分が心地よいと思う暮らしを築いている。
ゲイとして生きることは、必ずしも特別な活動や出来事の連続ではない。仕事をして、好きなものを食べて、恋人と話して、休日を楽しみ、これからの人生を考える。
そんな当たり前で、かけがえのない毎日を、国境を越えて生きるトンさんに話を聞いた。
01 / INTERVIEW日本への憧れから始まった、長い旅
――今回、日本に戻ってきてから1年ちょっとですよね。そもそも最初に日本へ来たのはいつだったんですか?
トンさん: 2009年の10月ですね。最初は留学生として来ました。2011年まで日本語学校などで勉強して、その後、専門学校にも通いました。
トンさん: 東日本大震災のときに一度タイへ帰国して、1年くらい日本語の先生として働いていたんです。それからまた日本へ戻って就職活動をして、2012年の10月から日本で働き始めました。
トンさん: 何度か転職して、2020年10月にタイへ帰国しました。そして今回、2025年7月からまた日本で働いています。
――もともと、どうして日本に留学したいと思ったんですか?
トンさん: もともと日本が好きだったんですよ。
トンさん: 高校生の頃から留学したいと思っていたんですけど、そのときは体調があまり良くなくて、親にも反対されて、結局行けなかったんです。
トンさん: 大学を卒業してから、タイで絵を描いたりデザインを勉強したりしていたんですけど、あるとき親友が「日本語学校に通う」と言い出したんです。
トンさん: それを聞いて、自分も行きたいなと思って(笑)それで一緒に日本語を勉強し始めて、その後「日本に留学してみない?」と誘われて、もう何も考えずに「行こう、行こう!」って。
――結構、勢いで決めたんですね(笑)
トンさん: そうですね(笑)
トンさん: 最初は4人のグループだったんです。でも1人は家庭の事情で日本へ来られなくなって、もう1人は半年くらいで帰国して、もう1人も1年か1年半くらいで帰ってしまって。結局、自分だけが残ったんです。
――友達がみんな帰ってしまって、寂しくなかったですか?
トンさん: 別に、という感じでした(笑)
トンさん: 自分はもう少し勉強したかったので、東京デザイナー学院にも入りました。
トンさん: そこで今でも連絡を取っている友達に出会ったんですけど、1年くらい勉強して、もう仕事をしてもいいんじゃないかなと思うようになって。結局、2人とも学校を辞めて就職活動を始めました。
トンさん: ただ、その途中で東日本大震災が起きてしまったんです。友達は仕事が始まったばかりだったので日本に残りましたが、自分はタイへ帰国しました。
02 / INTERVIEW「お手洗いください」。子どもの頃に出会った優しい日本人
――初めて日本で生活したとき、タイで想像していた日本とのギャップはありましたか?
トンさん: ありました。
トンさん: 実は10歳くらいのときに、日本へ旅行したことがあるんですよ。そのときの印象がすごく良かったんです。日本人は優しいなって。
トンさん: 旅行中にガイドさんから簡単な日本語を教えてもらったんですけど、「何々ください」と言えばいいと教えられて。だからトイレに行きたいときも「お手洗いください」って言っていたんです(笑)
――お手洗いください(笑)
トンさん: 今ならおかしいと分かるんですけど、当時は分からなかったので。
トンさん: でも店員さんは、そんな日本語でも一生懸命理解しようとしてくれて、ジェスチャーで場所を案内してくれたんです。それがすごく優しいなと思って、印象に残っていたんですね。
トンさん: でも、大人になって東京に住んでみたら、ちょっと違いました。
――どんなところが違いましたか?
トンさん: 東京の人は、ちょっと冷たいというか。冷たいというより、八方美人という感じかな。表面では優しいんだけど、本当はどう思っているのか分からない。子どもの頃に行った大阪とは、ちょっと違う印象でした。
――確かに大阪と東京では、人との距離感が違いますよね。ほかに驚いたことは?
トンさん: 日本人は、思っていたより英語が分かるんだなと思いました。
トンさん: 日本に来る前は、日本人は英語が全然できないというイメージだったんです。でも実際には、英語を文字で見せると理解できる人が結構いる。ただ、話すことや聞き取ることが苦手なんじゃないかなと思いました。
――確かに、学校では英語を勉強していても、会話になると急に苦手になる人は多いですね。
トンさん: そうですね。
トンさん: あと、日本語も教科書で習う言葉と、実際の日常会話は違うじゃないですか。発音やニュアンスが少し違うだけで、伝わらないこともありました。
トンさん: 日本人も同じで、英語を知っていても、カタカナの発音で覚えているから、実際の英語を聞くと分からなくなることがあるんじゃないかなと思います。
03 / INTERVIEWゲイコミュニティの中でも、居場所は人それぞれ
――今、日本ではゲイコミュニティと関わることはありますか? 新宿二丁目に遊びに行ったりとか。
トンさん: あまり行かないですね。
トンさん: 行ったことはあるんですけど、なんだろう、外国人だからなのか、何を話せばいいのか分からないという雰囲気になることがあるんです。
トンさん: 最初は「タイ人ですか?」って聞かれて、タイのことをいろいろ質問される。でも、その話が終わると、会話も終わってしまう。
――タイ人ということには興味を持ってもらえるけど、トンさん自身にはなかなか踏み込んでもらえない、という感じですか?
トンさん: そうですね。
トンさん: あと、ゲイバーって友達を探す場所でもあるけど、人によっては恋人や、その夜の相手を探しに来ているじゃないですか。だから、なんとなく自分は外側にいるような気持ちになるんです。
トンさん: 日本人同士はみんなで話していて、自分だけ外国人として外にいるような。もちろん、お店や人によると思います。でも、せっかくお金を払ってお店に入ったのに、気まずい思いをするのは嫌だなって。
――日本のゲイバーって、カウンターに6席くらいしかない小さなお店も多いですよね。
トンさん: そうですね。
トンさん: 小さいお店だからこそ、みんなと話せる良さもあると思います。でも6席のうち5席が知り合い同士だったら、知らない人が1人入ると、すごく気まずくなることもあるじゃないですか。
――それは日本人でも感じることがあります。
トンさん: そうですよね。だから自分は、わざわざ行かなくてもいいかなと思ってしまうんです。
04 / INTERVIEWゲイであることより、外国人であることを意識する
――トンさんは、日本ではタイ人という意味でも少数派ですし、ゲイという意味でもマイノリティですよね。どちらを強く意識しますか?
トンさん: タイ人であることですね。ゲイであることよりも、外国人であることの方を強く感じます。
――どういう場面で感じますか?
トンさん: 自分は顔だけ見ると中国人だと思われることが多いんですよ。台湾人と言われることもあるし、たまに日本人だと思われることもあります。服装も、もしかしたら日本人とはちょっと違うのかもしれないですね。
――でも、かなり日本人っぽいと思いますけどね。
トンさん: そうですか(笑)
トンさん: でも自分は、目立つとか目立たないとか、あまり考えずに着たい服を着るんです。人の目線をそこまで気にしないんですよ。
――それは昔からですか?
トンさん: そうですね。
トンさん: 誰かが「あの人、なんであんな服を着ているんだろう」と思ったとしても、その人は数秒後には忘れているじゃないですか。
トンさん: でも、自分がそれを気にしてしまったら、ずっと心の中に残る。それって自分だけが損することですよね。だから気にしないようにしています。気にしすぎると、自分らしいことができなくなってしまうので。
05 / INTERVIEWタイは本当にゲイに寛容な国なのか
――日本から見ると、タイはゲイに対してオープンで寛容な国というイメージがあります。実際はどうですか?
トンさん: 全然そんなことないですよ。微妙ですね。
トンさん: 観光客や外国人から見ると、そう見えると思います。でも、タイで育った自分からすると、特に子どもの頃や学生時代は、いじめられた経験も結構あります。
――そうなんですね。家族から結婚を求められたりすることもありましたか?
トンさん: 昔はありました。でもカミングアウトしてから、少しずつ理解してくれるようになりました。今は彼氏が実家に来ても、家族は普通に迎えてくれます。彼氏だということも知っています。
――では、タイと日本、どちらがゲイにとって住みやすいと思いますか?
トンさん: 今だったらタイかなと思います。でも、それは人によりますね。
トンさん: 日本の場合、ゲイであることを隠して生活していれば、住みやすいと感じる人もいると思うんです。日本はまだ男性中心の社会という面があるじゃないですか。だから男性として生活していて、ゲイだと知られなければ、その社会的な立場を保てることもあると思います。
――つまり、ゲイであることを隠すことで、社会的な不利益を受けずに生活できる場合もあるということですね。
トンさん: そうですね。もちろん、それを我慢だと感じるかどうかは人によります。隠していても苦しくない人もいると思います。
トンさん: でも、ゲイであることをオープンにして生活するなら、今はタイの方が住みやすいんじゃないかなと思います。タイにも差別はあるし、考え方が変わっていない年配の人もいますけどね。
06 / INTERVIEWタイと日本、違うのは「言葉の伝え方」
――タイと日本では、人間関係のあり方にも違いを感じますか?
トンさん: ありますね。
トンさん: タイ人は、何かあったら結構直接言うんですよ。例えば仕事で、前にお願いしたことをやっていなかったら、「この前も言ったよね。なんでやらないの?」って聞く。でも日本人に同じことを言うと、すごく強く怒られたように感じる人もいると思います。
――日本だと「何か困っていることがあった?」とか、遠回しに聞くことが多いかもしれません。
トンさん: そうですね。日本人は空気を読みすぎるところがあると思います。
トンさん: でも最近は、タイでも若い世代との接し方が変わってきています。強く言うと、パワハラだと思われたり、ただうるさい人だと思われたりすることもある。
――それは日本だけの問題だと思っていました。
トンさん: タイでも似たようなことはあります。ただ、若い人たちも、きちんと理由を説明して納得してもらえば、意外とすぐ理解してくれるんですよ。だから最初に相手から信頼されることが大切なんじゃないかなと思います。
07 / INTERVIEW故郷ハジャイ。変わっていく街の風景
――トンさんの出身は、タイの南部ですよね。
トンさん: はい。ソンクラー県のハジャイという街です。マレーシアに近いところですね。
――ハジャイの人は、ソンクラー県出身とはあまり言わないんですか?
トンさん: そうですね。横浜の人が「神奈川県出身」ではなく「横浜出身」と言うのに似ていると思います。ハジャイは南部の都とも呼ばれるような、大きな街なんですよ。
――どんな街なんですか?
トンさん: 昔はすごく賑やかでした。中華系のタイ人も、タイ系の人も、イスラム教徒も暮らしていて、いろいろな文化が混ざっている街です。マレーシアから遊びに来る人も多かったですね。
トンさん: 自分の中では、ずっと眠らない街というイメージだったんです。でも最近、TikTokでハジャイを「静かで穏やかな街」と紹介している動画を見て、ちょっとショックだったんですよ。
――どうしてですか?
トンさん: 自分が知っているハジャイは、そんな街じゃなかったからです。昔はもっと賑やかだったんです。でも、いろいろな問題があって、街も変わってきました。自分たちの世代はバンコクへ移住する人も多かったし、家族ごと引っ越す人もいました。
――南部ではテロ事件もありましたよね。
トンさん: ありました。
トンさん: 大学生の頃、友達から突然「大丈夫?」って連絡が来たことがあったんです。何のことかと思ったら、実家から600メートルくらいのところにあるBig Cというスーパーの近くで爆発があったらしくて。
トンさん: 自分はそのとき地元にいなかったので、全然知らなかったんです。そういう出来事の影響もあって、街が静かになってしまったところはあると思います。
――ハジャイに行ったら、どんな場所がおすすめですか?
トンさん: ハジャイもいいですけど、ソンクラーの旧市街にも行ってほしいですね。古いお寺や建物、昔ながらの商店街が残っているんです。中華風と西洋風が混ざったような建物もあって、すごく雰囲気がいいですよ。
08 / INTERVIEWTinderで出会った、タイに暮らす恋人
――タイの地方都市に暮らすゲイの人たちは、どうやって出会っているんでしょう?
トンさん: 今はGrindrとか、アプリを使っている人も多いと思います。昔はゲイバーもあったらしいんですけど、自分は行ったことがないですね。
――タイでは、どのゲイアプリが一番使われているんですか?
トンさん: それはちょっと分からないです(笑)自分は彼氏と付き合い始めてから、あまり使わなくなったので。
――今の彼氏とは、どこで出会ったんですか?
トンさん: Tinderです。
――えっ、Tinderなんですね。ゲイ専用のアプリじゃないんだ。
トンさん: そうですね。
トンさん: でもTinderも、真剣な恋愛だけじゃなくて、いろいろな目的で使っている人がいますよ。自分も昔は、そこまで真剣な出会いを探していなかった時期もありました。
トンさん: でも話してみて、気が合うなと思ったら会ってみる。実際に会って、もっと仲良くなれそうだったら次に進む。そんな感じでした。
――今の彼氏さんとは、もう長いんですよね。
トンさん: 今年で4年目ですね。
09 / INTERVIEW毎晩8時のFaceTime。離れていても続いていく2人の日常
――今は日本とタイで遠距離恋愛ですよね。普段はどうやってコミュニケーションを取っているんですか?
トンさん: 毎日、夜8時にFaceTimeしています。顔を見ながら、普通に話すんです。
トンさん: あとは朝に「おはよう」のスタンプを送ったり、ご飯を作ったら写真を撮って送ったり。些細なことでもLINEで話しますね。
――彼氏さんは日本にも遊びに来るんですか?
トンさん: はい。年に1回くらいですね。今年も12月に来る予定です。自分も日本に戻ってきてから、何度かタイへ帰っています。
――お2人は性格が結構違うんですよね。
トンさん: 全然違います(笑)自分はどちらかというと明るい方で、彼はすごく内向的なんです。自分は気持ちを優先するタイプで、彼は理屈を優先するタイプ。本当に真逆ですね。
――でも、それが合っているんでしょうね。
トンさん: そうですね。
トンさん: あと、彼はイスラム教徒なので、生活の中でも違うところがあります。例えば豚肉は食べられないし、お酒もあまり好きじゃない。
トンさん: 自分は豚肉が大好きなんですけど、一緒にしゃぶしゃぶを食べるときは、同じ鍋に豚肉を入れられないんです。
――食生活も少し工夫が必要ですね。
トンさん: そうですね。
トンさん: でも彼は、自分が豚肉を好きだと分かっているので、デリバリーでカリカリポークのガパオを注文してくれたこともあるんですよ。自分は食べられないのに、僕のために頼んでくれる。そういう優しいところがあるんです。
――お互いの違いを尊重しているんですね。
トンさん: そうですね。宗教のことも、自分が理解しないといけないと思っています。
10 / INTERVIEWタイに残してきた、もう一人の大切な家族
――タイにはルパンもいるんですよね。
トンさん: はい。犬のルパンです。今は両親が面倒を見てくれています。
――日本に連れてくることは考えなかったんですか?
トンさん: 連れてきたい気持ちはあります。でもルパンは鼻が短い犬種なので、飛行機に乗るのは体への負担が大きいんです。体重も13キロありますし。
――離れるときは寂しいですよね。
トンさん: すごく寂しいですよ。
トンさん: 前にタイから日本へ戻るときは、ルパンがすごく悲しそうな顔をしていたんです。抱っこしても、顔を見てくれなくて。
トンさん: でも今回は、最後までおとなしくしていて、見送ってくれたんです。悲しいけど、また会えるって分かってくれたのかなと思って。ちょっと感動しました。
――日本に連れてくることより、ルパンが安心して暮らせることを優先したんですね。
トンさん: そうですね。
トンさん: 自分が寂しいから連れてくるとしても、それは誰のためなのかって考えたんです。移動で体調を崩したり、最悪の場合は命に関わることもあるかもしれない。
トンさん: だったら、タイで元気に暮らしていてくれる方がいい。自分のためだけじゃなくて、ルパンにとって何が一番いいのかを考えたいんです。
11 / INTERVIEW鎌倉が好き。蒲田で暮らした7年間も好き
――日本で一番好きな場所はどこですか?
トンさん: 鎌倉ですね。でも、住む場所として印象に残っているのは蒲田です。
――蒲田ですか。住んでいたんですよね。
トンさん: 7年くらい住んでいました。
トンさん: 蒲田って、治安が悪いというイメージを持っている人も多いじゃないですか。でも、自分はすごく住みやすかったんです。
トンさん: 川崎にも近いし、映画館もあるし、買い物にも困らない。鎌倉にも行きやすいですし。京急蒲田とJR蒲田の間くらいに住んでいたので、どこへ行くにも便利でした。
――今回も蒲田に住もうとは思わなかったんですか?
トンさん: 思ったんですけど、家賃がすごく高くなっていて。昔住んでいた部屋は9万円くらいだったんですけど、今回調べたら13万円くらいになっていたんです。22平方メートルくらいなのに。だから別の場所に住んでみようと思いました。
――今のお部屋はすごく素敵ですよね。カフェみたいで。
トンさん: ありがとうございます。
トンさん: フルリモートで仕事をしているので、家の中を快適にしたかったんです。ずっと家にいても飽きないような部屋にしたくて。ぬいぐるみも好きなので、自分で買ったものや、彼氏からもらったものを飾っています。
12 / INTERVIEW東京より大阪が好き。理由は「人」
――東京と大阪だったら、どちらが好きですか?
トンさん: 大阪ですね。
――やっぱり(笑)何が違いますか?
トンさん: 人です。
トンさん: 大阪の人は、タイ人に似ているところがあると思うんですよ。感情が表に出るというか。怒っているように見えても、実は怒っていなかったりする。心が優しいという感じがします。
――東京は逆ですか?
トンさん: 東京は、怒っていないように見えて、実は怒っていることもあるじゃないですか(笑)何かを隠しているような感じがするんです。もちろん全員がそうではないですけどね。
――大阪の人は思ったことを口にする人が多いですよね。
トンさん: そうですね。だから自分は、大阪の方が気楽なんです。
13 / INTERVIEW「日本はもう、憧れの国ではなくなった」
――今回、日本に戻ってきて、自分自身の中で何か変わったことはありますか?
トンさん: あります。
トンさん: 年齢を重ねたからかもしれないですけど、日本を見る目線が変わりました。日本はもう、憧れの国ではなくなったんです。
――それは少し寂しい言葉ですね。どうしてそう感じるようになったんですか?
トンさん: 多分、慣れたということもあると思います。
トンさん: 昔は日本に来るだけで楽しかったんですよ。いろいろな場所へ行きたいし、毎日新しい発見があるし。
トンさん: でも今回は、生活するため、仕事をするために日本へ来たんです。だから日本が特別な場所ではなくなって、普通に生活する場所になったという感じですね。
――日本社会そのものも変わったと感じますか?
トンさん: 変わったと思います。物価も高くなったし、外国人に対する雰囲気も変わったと思います。昔より、外国人への対応が冷たくなったと感じることがあります。
14 / INTERVIEW日本語を話した瞬間に変わる、店員の態度
――外国人に対する対応が変わったというのは、具体的にはどんなことですか?
トンさん: 自分は中国人だと思われることが多いので、最初から冷たい対応をされることがあるんです。でも、日本語で話しかけると、急に態度が変わることがあります。
――日本語が分かると分かった瞬間に?
トンさん: そうです。
トンさん: 例えば最初に「すみません」と言ったり、もう少し丁寧な日本語を使ったりすると、店員さんが「あ、この人は日本語が分かるんだ」と思ってくれる。そうすると、急に対応が明るくなるんです。
――それは少し複雑な気持ちになりますね。
トンさん: そうですね。
トンさん: でも、お店や場所によっても違います。例えば丸の内のApple Storeと銀座のApple Storeでは、接客の雰囲気が全然違うと感じました。自分は丸の内の方が上品だなと思いましたね。
――観光客の多い場所と、そうでない場所でも違いがあるのかもしれませんね。
トンさん: そうですね。ただ、外国人として日本で生活することは、昔より少し難しくなったと感じています。
15 / INTERVIEW自分で料理をして、好きな部屋で暮らす
――日本の物価の上昇も感じますか?
トンさん: すごく感じます。昔だったら1,000円あれば、結構お腹いっぱい食べられたじゃないですか。でも今は、1,000円で満足できる食事をするのも難しくなりました。
――本当に高くなりましたよね。
トンさん: 自分はフルリモートなので、家で料理できるのは良かったと思います。
――普段は日本料理とタイ料理、どちらを作ることが多いですか?
トンさん: 自分で作るならタイ料理ですね。やっぱり自分に合う味なので。
16 / INTERVIEW日本料理もタイ料理も。違う味覚を楽しむ
――タイ料理と日本料理では、味の考え方もかなり違いますよね。
トンさん: そうですね。
トンさん: タイ人は味の濃いものを食べることが多いじゃないですか。日本料理は素材の味を大切にしますよね。だから高級な和食のお店にタイ人を連れていっても、「味がない」と思う人もいるんです。
――以前、京都で一緒に和食を食べたとき、トンさんが「タイ人はどうせ味が分からないから」みたいなことを言っていて、すごく面白かったんですよ(笑)
トンさん: そうですね(笑)
トンさん: でも逆に、日本人の味覚に驚いたこともあるんです。タイで知り合いと大きな川エビを食べたとき、その人が「ちょっと変な匂いがする」と言ったんですよ。自分には全然分からなかったんです。
トンさん: 日本人は素材の味をずっと食べてきているから、そういう細かい違いに気づくのかなと思いました。
――タイ人でも辛いものが苦手な人はいるんですか?
トンさん: いますよ。自分もそこまで辛いものが得意ではないです。パクチーが苦手なタイ人もいます。タイ人だから全員辛いものが好きというわけではないんです。
――日本では、タイ料理といえばガパオやパッタイ、グリーンカレーばかりですよね。
トンさん: そうですね。
トンさん: タイにはもっといろいろな料理があるんですけど、日本では知っている料理ばかり注文する人が多いと思います。お店も、いろいろ出したくても売れないのかもしれないですね。
17 / INTERVIEWいつか日本の田舎で、恋人と小さな店を
――これからも日本に住み続けたいと思っていますか?
トンさん: それは、まだ分からないですね。
トンさん: 実は前に日本を離れるとき、永住権を申請できる条件は満たしていたんです。周りからも「帰国する前に取っておいた方がいいよ」と言われました。でも、そのときは日本に戻るつもりがなかったので、取らなかったんです。
――それでも、また日本に戻ってきた。
トンさん: そうですね。運命なのかな(笑)
トンさん: 今も永住権を取るかどうかは、まだ決めていません。彼氏はタイで公務員として働いているので、簡単に日本へ移住できるわけではないですし。
――将来のことは、お2人で話したりしますか?
トンさん: 話しますよ。
トンさん: もし日本にずっと住むことになったら、田舎に土地を買って、彼が農業をして、自分がタイ料理屋さんをやるのもいいね、という話をしたことがあります。
――それは素敵ですね。
トンさん: でも、本当にできるかどうかは分からないです。親のこともあるし、いろいろ考えないといけないので。
トンさん: ただ、自分は親のためだけに人生を決めるのも違うと思っているんです。親がいつまで生きるか分からないのと同じように、自分がいつまで生きるかも分からないじゃないですか。だから、自分自身がどう生きたいのかも大切にしたいんです。
――では、仕事や家族の事情を全部抜きにして、純粋にどこで暮らしたいかと聞かれたら?
トンさん: 日本です。
――日本なんですね。
トンさん: はい。
トンさん: 日本は生活水準が高いと思います。電気や水道などのインフラも整っているし、公共交通機関も便利です。
トンさん: タイだと車がないと生活しにくい場所も多いし、渋滞もあります。日本だったら電車もバスもあるし、歩いて移動することもできます。
トンさん: 年を取ってからの生活を考えても、日本の方が住みやすいと思うんです。もちろん、お金があればという話ですけどね(笑)
18 / INTERVIEW外国人として、日本のこれからを見つめる
――最近の日本の国際情勢については、どう感じていますか? 戦争の可能性などが議論されることもありますよね。
トンさん: 自分は、実際に大きな戦争になる可能性は低いと思っています。でも、外国人として日本に住んでいるので、何かあったときは早めにタイへ帰らないといけないかもしれない、という気持ちはあります。
――日本人とは、少し違う危機感があるんですね。
トンさん: そうですね。
トンさん: 自分はタイ南部の出身なので、昔から争いやテロのニュースが身近にありました。タイとカンボジアの衝突もありましたし。だから、そういうことに対しては少し敏感なのかもしれません。
トンさん: 日本はとても平和な国だと思います。でも、平和だからこそ、危機に対する意識が薄くなっている人もいるんじゃないかなと思います。
――外国人として暮らしていると、そういうことも考えなければならないんですね。
トンさん: そうですね。ただ、日本は今でも安全な国の一つだと思っています。だからこそ、これからも平和であってほしいですね。
19 / INTERVIEW日本へ来る人に伝えたい。「心の準備をしながら、毎日を楽しんで」
――これから日本で働いたり、暮らしたりしたいと思っているタイ人、特にゲイの人たちに、何かアドバイスはありますか?
トンさん: 心の準備をしながら、毎日を楽しんでください、ということですね。
――心の準備というのは?
トンさん: 日本に来たばかりの頃は、何もかも楽しいと思うんですよ。街を歩くだけでも楽しいし、買い物も楽しいし、いろいろな場所に行きたくなる。
トンさん: でも半年くらい経つと、それが日常になってしまうんです。最初は特別だったものが、毎日見る普通のものになっていく。そうすると、最初は見えなかった日本の嫌な部分も、だんだん見えてくるんですね。
――旅行で好きだった国でも、住んでみると違うということですね。
トンさん: そうです。
トンさん: でも、最初から嫌なことばかり考えてほしくないんです。せっかく日本に来たんだから、原宿へ行ったり、ディズニーランドへ行ったり、ガチャガチャをしたり、思い切り楽しんでほしい。
トンさん: ただ、その一方で、長く住むならどんな問題があるのか、何を準備しないといけないのかも知っておいた方がいいと思います。
――楽しむことと、現実を知ることの両方が大切なんですね。
トンさん: そうですね。
トンさん: 日本の良いところしか知らないまま住み始めると、嫌なところが見えたときに、全部が嫌になってしまうかもしれない。それってもったいないじゃないですか。
トンさん: 旅行先として好きだった日本も、仕事をする場所としての日本も、全部嫌いになってしまうかもしれない。だから、良いところも悪いところもあると分かった上で、毎日を楽しんでほしいんです。
――恋愛にも似ていますね。最初は何もかも素敵に見えるけど、一緒に暮らして初めて分かることもある。
トンさん: そうですね(笑)本当に恋愛と同じだと思います。
20 / INTERVIEWタイでは幸せを楽しみ、日本では仕事を頑張る
――トンさん自身は、日本とタイを行き来する生活を、どうやって気持ちの中で整理しているんですか?
トンさん: タイに帰るときは、幸せになるために帰るんです。彼氏に会って、ルパンに会って、家族と過ごして。でも、日本へ戻る日が来たら、仕事のために気持ちを切り替えます。
――空港でのお別れは寂しくないですか?
トンさん: 寂しいですよ。泣くこともあります。
トンさん: スワンナプーム空港のエスカレーターって、お別れのエスカレーターみたいじゃないですか。あそこは本当に寂しいですね。でも、飛行機に乗って日本に戻ったら、今度は仕事を頑張ろうと思うんです。
――気持ちを切り替えるんですね。
トンさん: そうですね。
トンさん: タイにいるときに「あと3日しかない」とか、そんなことばかり考えていたら、せっかくの幸せな時間がもったいないじゃないですか。
トンさん: だからタイではタイでの幸せを楽しむ。日本に戻ったら、日本での生活や仕事を頑張る。そうやって切り替えられれば、どこにいても過ごしやすくなると思います。
21 / INTERVIEW休日は神社巡り。御朱印を集める楽しみ
――ちなみに、お休みの日は何をしているんですか?
トンさん: 土曜日に出かけて日曜日は家にいたり、その逆だったりですね。神社巡りも好きなんですよ。
――神社巡りですか?
トンさん: はい。御朱印帳も持っています。
――すごい。僕は持っていないですよ(笑)
トンさん: 御朱印って面白いじゃないですか。神社によっていろいろ違うし、手書きしてもらえるのもいいなと思うんです。
トンさん: 靖国神社や花園神社、川崎大師にも行きました。明治神宮にも行きたいと思っています。
――日本人より日本人らしいですね(笑)
トンさん: そうですか(笑)でも、こういう文化は好きなんですよ。
国境を越えて続いていく、
ひとりのゲイの日常
今回、トンさんに話を聞きながら、何度も感じたことがある。
それは、彼が自分の人生をとても自然に、そして主体的に楽しんでいるということだった。
日本に憧れて留学し、働き、タイへ帰り、再び日本へやって来た。東京の暮らしに不満を感じることもあれば、大阪の人の温かさを嬉しく思うこともある。家賃の高さに驚きながらも、自分が心地よく過ごせる部屋を作り、休日には神社を巡る。
タイには恋人がいる。
毎晩8時のFaceTime。朝の「おはよう」のスタンプ。作った料理の写真。宗教も性格も違う2人が、お互いの好きなものを尊重しながら関係を育てている。
タイへ帰れば、恋人と愛犬ルパン、家族との時間を思い切り楽しむ。空港でのお別れには涙を流すこともあるけれど、日本へ戻れば仕事に向き合う。
どちらか一方を犠牲にするのではなく、それぞれの場所にある幸せを大切にする。その姿が印象的だった。
ゲイとして生きる人の多くは、日々の仕事をこなし、好きな人との関係を育み、食事や旅行を楽しみ、将来の暮らしについて考えている。
トンさんも、そんな一人だ。
ゲイであることは彼の人生の一部であって、すべてではない。外国人としての難しさを感じることはあっても、それだけで彼の日常が語れるわけでもない。
「日本はもう、憧れの国ではなくなった」
その言葉は、最初は少し寂しく聞こえた。
けれど話を聞き終える頃には、違う意味に感じられた。
憧れていた国が、働き、料理をし、休日を過ごし、これからの人生を考える場所になった。
それは、憧れが失われたというより、憧れだった場所に、自分自身の暮らしを築いてきたということなのだろう。
いつか日本の田舎で、恋人が農業をし、トンさんがタイ料理店を営む。そんな未来が訪れるかもしれないし、また別の道を選ぶかもしれない。
国境を越え、離れて暮らす大切な人を想いながら、今日という日を楽しむ。
そんな普通の暮らしの中にも、確かに、その人らしい輝きがある。
トンさんの暮らし、その風景。













